★アイバンクの歴史
Filatov(1928)が死体眼から採取した角膜を用いて全層角膜移植に成功したことは画期的なことで、これを契機として角膜移植が実用的な眼科手術の1つとして認められるようになったが、他の手術と異なり移植手術にはドナーが必要で、ドナーの確保が移植手術の成否を分けるといっても過言ではない。
ドナー角膜を確保するため、1945年に世界初のアイバンクがニューヨークで設立され、次いで米国各地に広がり、更に欧州各国に普及したため、欧米ではドナー角膜の入手が比較的容易となり、多数の角膜移植が行われるようになった。
わが国の「角膜移植に関する法律」は1958年4月に交付され、それまで違法であった死体眼からの角膜移植が合法的に行えるようになったものの、この法律だけではA病院で提供された角膜を患者のいるB病院に斡旋されることは許されず、同じ病院内に亡くなった提供者と患者の両方が偶然いる時にしか角膜移植は行えないという極めて不完全なものであった。
提供者のいるA病院から患者のいるB病院へ角膜を斡旋することが許されるアイバンクはそれから5年後の1963年に「眼球提供斡旋業者許可基準」が厚生省から示されて、初めて発足できたのである。
1963年10月、慶大眼球銀行と順天堂アイバンクが設立されたのを皮切りに、1年ばかりの間に10ものアイバンクが設立されたが、いずれのアイバンクも弱体で、成果も上がらなかったため、1965年4月には全国的にアイバンク事業の周知に努めるとともに、各アイバンクの緊密な連携相互援助に対する助成を行うことを目的として日本眼球銀行協会が設立された。
その後は徐々にではあるが、アイバンクに対する社会的認識も深まり、法律上の問題も紆余曲折を経ながら改訂されていった。即ち、1979年には「角膜移植に関する法律」は「角膜と腎臓の移植に関する法律」に統合され、1988年には全国アイバンク連絡協議会が結成され、広域斡旋体制が確立された。
1997年には「臓器の移植に関する法律」が公布され、「角膜と腎臓の移植に関する法律」はこれに統合されたため、脳死下での臓器提供や意思表示カードの普及により、それまで「心停止下でご遺族の承諾が得られた場合には献眼いただける」というアイバンクシステムが誤解を招いた時期もあったが、2002年にはアイバンク協会認定スタッフ制度及びサポータ制度を導入し、臓器移植法の下でのアイバンク活動を続けた結果、2004年現在、全国で52のアイバンクが活動中である。
【参考】「全国アイバンク一覧」
★アイバンクの業務
「眼球提供斡旋業者許可基準」には眼球の提供の斡旋を目的とする法人であるか否かについては、定款、寄附行為等により判断すると書かれており、各アイバンクの定款には共通の業務内容が記されている。1例として大阪アイバンクの定款からアイバンクの業務内容を拾い上げると、次のようなものである。
- 献眼登録(アイバンク業務の普及啓発)
- 献眼物故者からの眼球摘出、保存、検査
- ドナー適応基準を満たした眼球を待機患者のいる病院に斡旋
- 献眼物故者慰霊及びご遺族に対する感謝表明
- 眼衛生に関する知識の普及啓発
- 眼疾患に関する研究への助成
- その他
★厚生省では移植を受ける患者の安全性を確保するために下記の臓器提供者(ドナー)適応規準を制定して、各バンクに通達した(平成12年1月7日 厚生省健康医療局長発)。
【眼球提供者(ドナー)適応基準】
眼球提供者(ドナー)となることができる者は、次の疾患又は状態を伴わないこと。
- 原因不明の死
- 細菌性、真菌性又はウイルス性全身性活動性感染症
- HIV抗体、HTLV-1抗体、HBS抗原、HCV抗体などが陽性
- クロイツフェルト・ヤコブ病及びその疑い、亜急性硬化性全脳炎、進行性多巣性白質脳症などの遅発性ウイルス感染症、活動性ウイルス脳炎、原因不明の脳炎、進行性脳症、ライ症候群、原因不明の中枢神経系疾患
- 眼内悪性腫瘍、白血病、ホジキン病、非ホジキンリンパ腫等の悪性リンパ腫
- 重症急性呼吸器症候群(SARS)
★全国アイバンクの実績(2008年11月までの累計)
- 献眼登録者数(1,418,245人)
- 献眼者数(33,201人)
- 角膜移植数(50,787人)
- 待機患者数(3,034人)