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角膜ヘルペスの病態と診断

1.はじめに

角膜ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(herpes simlex virus:HSV)の潜伏・再活性化する性質や実質型において免疫反応がその病態に強く関与していることなどから、依然として前眼部疾患の診療において重要な位置をしめており、その診断の基本を是非知っておくべきである。

なお内皮炎については別項を参照されたい

2.角膜ヘルペス各病型の病態

角膜ヘルペスは、角膜の上皮・実質・内皮で各々異なる病態を呈してくる。その病型分類については眼ヘルペス感染症研究会で提唱されたものがあるが、表はそれに二次病変に関する私見を追加したものである。

表.角膜ヘルペスの病型分類(眼ヘルペス感染症研究会 1995年より改変)
基本型 二次病変
上皮型 樹皮状角膜炎 遷延性上皮欠損
地図状角膜炎
栄養障害性角膜潰瘍
実質型 円板状角膜炎
壊死性角膜炎 角膜脂肪変性
内皮型 角膜内皮炎 水疱性角膜症
(角膜輪部炎)

a.基本型

1)上皮型

角膜上皮におけるHSVの増殖による病態である。もっとも基本的な病型は樹枝状角膜炎(dendritic keratitis)であり、遷延化すると地図状角膜炎(geographic keratitis)の形をとる。

2)実質型

角膜実質内に蓄積したウイルス抗原に対するホストの免疫反応による病態である。もっとも基本的な病型は円板状角膜炎(disciform keratitis)であり,角膜中央部に白色の角膜後面沈着物をともなった角膜浮腫と混濁を生じる。反応している細胞はリンパ球が主体である。再発を繰り返すうちに血管侵入を伴い、好中球の浸潤により更に強い混濁を生じる(壊死性角膜炎:necrotizing keratitis)

3)内皮型→別項参照

b.二次病変

創傷治癒遅延による病態である遷延性上皮欠損(persistent epithelial defect)や栄養障害性角膜潰瘍(trophic corneal ulcer)、沈着による病態である角膜脂肪変性(lipid keratopathy)などがあるが、これらを角膜ヘルペス本来のウイルス増殖やそれに対する免疫反応による病態と分けて考える必要がある。

遷延性上皮欠損・栄養障害性角膜潰瘍はウイルス増殖を認めないにも関わらず上皮の修復が進まない創傷治癒異常の状態である。角膜ヘルペスに続発的に発症するため、鑑別診断上ひじょうに重要である。角膜の知覚神経の障害・実質の炎症・抗ウイルス薬の毒性・上皮基底膜の障害などの要因が重なって生じる。

角膜脂肪変性は角膜内に侵入した血管を通じて血中の脂質が流入して沈着し、白い混濁となったものである。

3.角膜ヘルペスの診断

a.細隙灯顕微鏡検査

1)上皮型

HSVによる樹枝状角膜炎は以下のような所見を示す。

  • 末端が先細りにならず, 膨らんだ状態となっている(terminal bulb; 末端膨大部)
  • 上皮欠損辺縁部はフルオレセインにて欠損部よりも強く染色される。
  • 基本的には病変部以外の上皮には異常を認めない。

遷延化すると上皮欠損が拡大して地図状角膜炎の形をとるが,その場合も全体が縁どられたような特徴は保たれている。また、図のようにどこかに樹枝状の部分があれば(dendritic tail)、ヘルペス性と診断できる。

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偽樹枝状角膜炎を呈するため鑑別すべき代表的な疾患の特徴は以下の通りである。

  1. 眼部帯状疱疹
    • 小さく細い。
    • 1つの中心から放射状に細い小さい枝が出る形態となることもある。
    • 無疹性帯状疱疹(zoster sine herpete)もあるので注意が必要である。
    • 盛り上がることもある(mucous plaque)。
  2. 薬剤毒性角膜症によって生じるepithelial crack line
    • 分岐のあるひび割れ状のラインを呈する。
    • 角膜中央やや下方に水平方向に生じる。
    • 時に盛り上がりを認める。
    • 周囲に著明な点状表層角膜症を認める。
  3. 再発性角膜びらん(recurrent corneal erosion:RCE)
    • 上皮欠損治癒過程で偽樹枝状を呈することがある。
    • 樹枝状病変の周囲の上皮が接着不良のため、実質より浮いている。
    • 格子状角膜ジストロフィなど上皮接着不良を来す基礎疾患の所見が認められることがある。
  4. アカントアメーバ角膜炎
    • 樹枝状病変の周囲にもろもろした不均一な点状・斑状・線状の上皮・上皮下混濁を伴う。
    • 放射状角膜神経炎(radial keratoneuritis)を伴えばアカントアメーバ角膜炎といえる。
    • 強い毛様充血を認める。
2)実質型

HSVによる円板状角膜炎は典型例では以下のような所見を示す。

  • きれいな円形の淡い実質混濁と実質・上皮浮腫
  • 病変中央の角膜後面沈着物
  • 毛様充血

角膜実質内の混濁は浅層を中心として輪状に生じることが多いが, さまざまな形がある。

図の例においてもきれいな円形ではなく不整形といえる。

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図のような深層混濁の場合もある。

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壊死性では血管侵入を伴ってより濃厚な実質混濁を認める。

実質炎を呈するため鑑別すべき代表的な疾患の特徴は以下の通りである。

  1. 帯状ヘルペス角膜炎
    • 実質病変は様々なパターンをとる。
    • 混濁が周辺や深層にも出ることが多い。
    • 無疹性帯状疱疹もあるので注意が必要である。
  2. アカントアメーバ角膜炎
    • 横長楕円の粗糙な円板状あるいは輪状浸潤を呈する。
    • 強い毛様充血を認める。
  3. 細菌性・真菌性角膜炎
    • 濃厚な角膜混濁で血管侵入を伴わない。
    • 強い前房炎症を認める。
  4. 急性水腫
    • デスメ膜破裂が存在する。
    • 角膜後面沈着物を認めない。
    • 僚眼に円錐角膜が認められる。
3)栄養障害性角膜潰瘍

典型例では楕円形を示し,辺縁はなめらかである。辺縁上皮は灰白色に丸くもりあがり,実質からやや浮いたような所見を示すのが特徴である。

4)角膜脂肪変性

角膜中層から深層の血管侵入をともなった白い混濁を示す。図のように辺縁が毛羽立っているのが特徴である。

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b.角膜知覚検査

角膜知覚検査は角膜ヘルペス診断を行う上で有力な検査で,特に何度も再発を繰り返している症例では著明な角膜知覚の低下を認める。特に実質型角膜ヘルペスで、その臨床的有用性が高い。Cochet-Bonnet 角膜知覚計が簡便で,しかも程度を段階づけできるので有用である。非罹患眼を先に測定して,患者の反応を確かめた後,罹患眼をチェックする。

c.Laboratory test

1)ウイルス分離

診断のgold standardであり、分離陽性であれば確定診断といえる。しかし、分離を行うには培養細胞を用意する必要があり、また、結果が出るまでに時日を要し、感度も悪いため日常臨床で行う検査としては不向きである。

2)免疫クロマトグラフィ法

現在、アデノウイルス同様のキットが臨床的に利用できるようになっている。上皮型では、感度は高くない(60%)が、特異度100%であり、簡便・迅速である。しかし、実質型、内皮型の診断への利用は難しい。

3)PCR(polymerase chain reaction)

HSVは既感染者の多くで三叉神経節に潜伏感染しており、常に涙液などに検出されるspontaneous sheddingという現象があり、正常者でも検出される。そのため、感度がひじょうによいPCRでは、病因と関係なくこれを検出してしまう可能性があるので、PCRは補助診断にとどまっている。

しかし、real-time PCRにて量を測定し、104以上のコピー数が検出されればヘルペスと診断してよいと思われる。それ以下の量の場合は、臨床経過などの他の要因も参考にして総合診断すべきである。

4)血清抗体価

HSVの場合、抗体陽性者が多いので血清抗体陽性だけでは診断に結びつけにくい。また、再発をおこしても抗体価はあまり変化せず、診断的価値は低い。

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