角膜内皮細胞は角膜の最も内側にある単層細胞層で、バリア機能とポンプ機能によって角膜実質の含水率を一定に保ち、角膜の透明性を維持している。正常の角膜内皮細胞は、およそ2500-3000個/mm2の密度の六角形を主とする多角形細胞からなるが、霊長類の角膜内皮細胞は再生能力が乏しいため、外傷や角膜ジストロフィ、角膜内皮炎、白内障などの眼内手術などによって角膜内皮細胞が障害されると、角膜内皮細胞密度が低下する。角膜内皮細胞密度がおよそ500個/mm2以下になると、角膜を透明に保つことができなくなり角膜内皮機能不全となる。そのような状態は水疱性角膜症とよばれ、重症の視力障害の原因となる。
角膜内皮炎はウイルス感染が原因となって角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患で、角膜内皮機能不全の原因疾患の一つとして重要である。角膜内皮炎は1982年にKhodadoustらによって報告され、1) 角膜移植後の拒絶反応で見られる拒絶反応線(Khodadoust line)によく似た線状の角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫を生じることから、当時は自己免疫疾患と考えられていた。その後、患者の角膜内皮細胞や前房水から単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の抗原やDNAが検出され、2)-3) 現在ではヘルペス性角膜炎の一病型と考えられている。一方、ムンプスや水痘、麻疹などの全身ウイルス感染症でも角膜内皮障害を起こすことが知られている。これらはウイルス血症に伴ってウイルスが直接角膜内皮細胞を攻撃することによって生じる一種の角膜内皮炎と考えられている。また最近になって、抗ヘルペス薬による治療が奏効しない角膜内皮炎のなかに、サイトメガロウイルス(CMV)による症例が少なからずあることが報告され注目されている。4)-7)
1.角膜内皮炎の病態
HSV-1やCMVはいずれも成人では既感染である場合が多い。潜伏感染したウイルスが、角膜内皮細胞、あるいは隅角組織など角膜内皮近傍の組織において再活性化されて角膜内皮細胞に感染し、炎症を惹起するものと推測されている。ヘルペス性角膜内皮炎の動物モデルを用いた研究により、ACAID(anterior chamber-associated immune deviation)とよばれる前房内の特異的な免疫抑制状態がヘルペス性角膜内皮炎の発症に関与することが報告されている。8) 一方、CMV角膜内皮炎は最近になって認識された比較的新しい疾患概念であり、その病態については不明である。CMVは日和見感染症の原因ウイルスとしてよく知られているが、CMV角膜内皮炎はCMV網膜炎とは異なり、免疫機能不全のない患者にも発症することが特徴とされる。
2.臨床所見
細胞浸潤や血管侵入を伴わない限局性の角膜浮腫と、浮腫の範囲に一致して角膜後面沈着物(keratic precipitates: KPs)を生じる。角膜内皮炎の臨床病型は大橋らの臨床分類に従い、角膜実質浮腫の広がり方によって周辺部型2つと中央部型3つの計5つの型に分類される。9) Ⅰ型角膜内皮炎とよばれる典型的な角膜内皮炎では、病変は角膜周辺部から中心に向かって進行し、拒絶反応線に類似した線状のKPsや、円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴うことがある(図)。フルオレセイン染色では上皮浮腫の部位が点状に染色される。角膜内皮炎では、角膜内皮細胞の脱落による角膜内皮細胞密度の低下を生じることが特徴であり、進行すると水疱性角膜症に至る。虹彩毛様体炎や眼圧上昇、続発緑内障を伴う症例が多く、ときに40mmHgを超える高眼圧を示す症例もある。
3.診断
原因ウイルスの同定し、治療方針決定のために、PCR(polymerase chain reaction)を用いた前房水中のウイルスDNAの検索が有用である。PCRは非常に感度が高いため、病態とは無関係のウイルスDNAを検出する偽陽性を生じる可能性がある。とくにHSV-1やCMVなどのヘルペス属ウイルスは、正常人でも無症候性に体液中に分泌されることがあり(shedding)、検査のタイミングやPCRの感度によっては病態とは関係のないウイルスDNAを検出する場合がある。そのため、ウイルスPCRの結果と臨床所見、抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してウイルス性角膜内皮炎と診断する必要がある。その他の検査法として、realtime PCRによってウイルスDNA量の経時的変化を把握する試みがなされており、10) また共焦点顕微鏡を用いることにより角膜内皮細胞にCMV感染細胞で特徴的なOwl’s eye(ふくろうの目)所見が認められたという報告がされている。11)12)
4.治療
原因ウイルスが同定された角膜内皮炎では、抗ウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う。HSV-1角膜内皮炎では、アシクロビル眼軟膏と0.1%フルオロメトロンなどの低濃度ステロイド点眼薬を使用し、バラシクロビル内服を併用する。炎症による角膜浮腫が高度な症例では、ステロイド薬の内服を追加することがある。CMV角膜内皮炎では、CMV網膜炎に準じた方法によりガンシクロビルの全身投与による抗サイトメガロウイルス治療を行う。内服投与が可能なバルガンシクロビルも使用されているが、いずれも保険適応外使用であることに注意が必要である。全身投与に併用して、あるいは維持療法として自家調整した0. 5%ガンシクロビル点眼液が使用されることがあるが、施設の倫理委員会の承認を得た方法により患者のインフォームドコンセントを得て行う必要がある。
5.鑑別が必要な疾患
角膜移植後の症例では、拒絶反応との鑑別が重要である。拒絶反応では角膜後面沈着物(KPs)が移植片内に限局するのに対して、角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴である。拒絶反応としてステロイド治療を行っても角膜浮腫が改善しない場合や、拒絶反応様の炎症を繰り返し、複数回の角膜移植を繰り返しているような症例では、角膜内皮炎を疑ってウイルス検索を行うことが望ましい。実質型角膜ヘルペスとは、角膜実質の浸潤がないことから鑑別される。
6.他のウイルス性前眼部炎症性疾患との関連
ポスナー・シュロスマン症候群やフックス虹彩異色性虹彩毛様体炎においてもHSV-1やCMVなどのウイルスの関与が報告されている。これらの前眼部炎症性疾患をanterior chamber-associated immune deviation (ACAID)-related syndromeとして包括的にとらえる新しい概念が提唱されており、13) 従来は原因不明とされていた前眼部炎症性疾患をウイルス感染症の側面からとらえることにより、病態の解明につながる可能性がある。
文献
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