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角膜擦過塗抹標本の読み方

塗抹検鏡の意義

角膜病変の診断には幾つかのアプロ-チがあるが、中でも擦過塗抹標本の検鏡は病理でいえば即時生検に他ならず、診断として極めて重要である。感染症が微生物を犯人とした刑事捜査とすれば、塗抹検鏡は現行犯逮捕である。塗抹検鏡では種々染色法(一般染色、免疫組織染色など)により、角膜擦過物中に炎症細胞、変性上皮細胞、または病原体(細菌、クラミジア、真菌、アメーバ)を直視でき、またウイルス抗原も特異的染色法で証明できる。さらに、感染症では主たる炎症細胞の種類によって、病原体のおおよその系統を推測できる。その他、診断範囲はアレルギー、ドライアイ、変性疾患など多岐にわたる。塗沫検鏡は細隙燈顕微鏡診の延長であり、その強拡大診である。ここでは、準備するものを含めて、標本の作り方の実際と検鏡の着眼点について具体的に説明する。

この世界は本来、生物学系従事者の基本的仕事である。ハードルを越えて慣れると楽しくなる。また奥は深い。筆者はこれをjobとhobbyを兼ねてJobbyと呼んでいる。是非挑戦していただきたい。

セットアップ(準備するもの)(図1)

  1. 点眼麻酔剤、スパーテル、綿棒、スライドグラス、アルコ-ルランプ、メチルアルコ-ル、各種染色液(別記)
  2. 擦過用スパーテル: Kimura spatula(E1091,E1090、ボシュロム社)が本手技の専用品である。E1091は先が丸く,E1090は先が四角い。初心者にはE1091を勧める。腰の弱い手術用スパーテルは向かない。専用品はプラチナ製のためアルコールで火炎滅菌したあとの冷却coolingが早いのが長所である。なお、本スパーテルは不可欠ではなくゴルフ刀、円刃、綿棒などを代用してもよい。
  3. 染色液: ディフ・クイック染色(シスメックス社)(ギムザ染色の簡便版)は必須である。さらにグラム染色液があるとよいが、その簡便版としてはフェイバーG(ニッスイ製薬)、neo-B&M(和光純薬)などが勧められる。その他、特に真菌、アメーバ専用のファンギフローラY染色液など。
  4. 光学顕微鏡:対物レンズは20x(弱拡大)、60x(中拡大)、100x(強拡大)などか、その前後を揃える。蛍光装置があれば診断範囲は広がり、精度は向上する。また撮影記録のデジタルファイリング装置があれば、他医とネットワークを通じて情報交換を行い、診断精度の向上も期待できる。

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標本の作製(擦過・塗抹・固定・染色)

1. 擦過(図2)

先ず擦過物を塗抹するスライドグラスの刷りガラス部分に患者氏名、カルテ番号、月日、疑い診断名などを鉛筆で記入しておく。油性インクで書くとアルコールで流れてしまう。サンプルを塗抹する部分にダイヤモンドペンシルで直径5mm程度の丸印を書き入れると、鏡検の際に検体探しが非常に楽になる。はじめから円形のマークが印されている専用のスライドグラス(MATSUNAMI ring markなど)も発売されている。

擦過は医師にも患者にも決して恐いものではない。先ず点眼麻酔をして痛みをとる旨を患者さんによく説明して不安感を取り除く。さらには、角膜表面の変性物、病原体自体を除去するため、擦過自体が治療になること、また角膜内最大バリアである上皮を除去することで点眼薬剤の実質浸透もよくなることなど、治療上の有益性を説明すると良い。なお、可能であれば引き続きの培養検査に備えて、菌増殖を抑止する防腐剤入り商品麻酔点眼剤ではなく、注射用の防腐剤フリーの麻酔剤を使うとよい。

擦過操作は基本的にはスリットランプで実施する。手術台でできればそれに越したことはない。

まずスパーテルを火炎で十分に滅菌し、冷却するまで待つ。原則的にはスパーテルでの擦過が好ましいが、小児などでは綿棒でもよい。潰瘍は底部ではなく、周辺先進部の縁をこすり取る。

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2.塗抹

擦過物の塗抹はスパーテルを用いてスライドグラス上の中央か、印のある部分に薄く
延ばす。綿棒で擦過採取した場合は綿棒をグラスにこすり付けるのではなく、転がしてサンプルをグラス上に転写する。

3.固定
  1. スライドグラスはディフ・クイック染色(ギムザ染色)とグラム染色用に2枚とるとよい。塗抹されたスライドグラスはざっと風乾した後2分くらいメチルアルコ-ルにつける(アルコ-ル固定)。いかなる染色に対してもメチルアルコールでよい。さしあたっての固定に便利である。グラム染色では風乾しアルコ-ルランプの火炎でゆっくり3回くらいあぶってもよい(火炎固定)。
  2. 免疫染色では蛍光抗体、酵素抗体ともに無水アセトンに室温で10分間つける(アセトン固定)が、無い場合メチルアルコールでも構わない。
  3. 忙しい外来診療中すべての過程をできるわけではない。さしあたり固定までしておき、後日まとめて染色以降を進めればよい。全くやらないよりは、はるかにマシである。
4.染色
1)ディフ・クイック染色(ギムザ染色)

本染色法は感染、アレルギ-、変性など広い病態を対象とする多目的スクリ-ニングとして重要である。ディフ・クイック染色は固定液が付属しており、①固定液(メチルアルコール)5秒、②I液(赤色)5秒、③II液(青色)5秒の計15秒でギムザ染色とほぼ等価の染色が得られる。

対物40、60倍の検鏡で、多核球、単核球、好酸球などの炎症細胞、結膜上皮細胞、さらに対物油浸にすれば細菌自体やクラミジアの原始体や基本小体の識別が可能である。細菌はこの染色ではグラム陽性菌、グラム陰性菌の別なく同じ青色に染まる。

2)グラム染色

細菌、真菌、およびアメーバ感染が疑われる場合に実施する。ディフ・クイック染色(ギムザ染色)に比べ使用頻度はかなり少ない。一種のターゲット染色とも言える。グラム陽性細菌と真菌、アメーバは全てグラム陽性(寒色・青色)に染まり、グラム陰性細菌は対比染色のグラム陰性(暖色・朱色)に染まる。背景は基本的にはすべて対比染色と同色の暖色・朱色である。従来法の他、簡便法として3分程で出来るフェイバーGセット(ニッスイ製薬)やneo-B&M(和光純薬)などがあり便利である。

5.検鏡
1)炎症細胞(白血球)の判別(図3)

塗抹検鏡の入り口は、ディフ・クイック染色(ギムザ染色)により先ず病態がどういう系統の炎症であるかを大別することである。換言すると多核球、単核球、好酸球の3大炎症細胞の検出と判別である。これらは生体の3軍とも言えて、敵別に出動する。つまり炎症類別のスクリ-ニング診断であり、感染、アレルギ-、変性などの大枠の鑑別である。この段階は対物20倍、40倍程度の弱拡大で十分できる基礎検鏡である。

多核球は細菌とクラミジア感染時の主たる反応細胞であり、単核球はウイルス感染時の主たる細胞である。また好酸球は即時型アレルギ-反応でみられる。好酸球が1つでもみつかればアレルギ-性結膜炎と診断してよい。正常涙液には検鏡で見つかるほどの量の好酸球は存在しない。参考に筆者の細菌浮遊液の検鏡実験では、細菌がcfuで10~10/mlなければ顕微鏡の視野には全く出現し得ない。つまり、検鏡で見えるということはもともと原液1ml中に10~10個の細胞が濃厚に、つまり病的に存在することを示している。

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2)変性上皮細胞の検出

ディフ・クイック染色(ギムザ染色)により変性上皮細胞が観察される。ヘルペスウイルス(HSV,VZV)感染時には上皮細胞が変性するため、多核巨細胞(図4)としてみられることがある。これは、ヘルペス属ウイルス感染では細胞同士が融合するためで、複数の核が合体して、あたかも細胞質が一つになったような大きな細胞になる現象である。ヘルペス属の重要な診断根拠になる。

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3)微生物の検出

検鏡の基本姿勢は臨床像から考えられる目標となる微生物を想定しながら見ることである。これは検査科の検査員が臨床像を知らずに、ただ提出された塗抹標本を見るのと段違いである。

グラム染色の検鏡で細菌を見るときの定石は、先ず対物レンズを肉眼で判る染色部位にほぼ合わせて、グラム陰性の赤色の暖色に染まったエリアとグラム陽性の青色の寒色に染まったエリアの移行部分をスキャンするとよい。さらには多核球を捜し、その付近で対物油浸に切り替えて菌体を捜すことである。大き目の細菌なら対物60xでも十分判別できる。菌は1ミクロン前後の大きさなので、1,000倍油浸では大体1ミリ前後の大きさにみえる。炎症細胞のサイズはその10倍から30倍くらいに心得ておくとよい。細菌の中でも筆者は肺炎球菌(ランセット型双球菌)(図8)、ブドウ球菌(丸型房状)(図6)、モラクセラ菌(大双桿菌)(図11)などを見る頻度が高い気がする。改めて検鏡では目的物の形態も重要であるが、それに増してサイズ認識がより重要である。それがないと迷走して、他物を誤認することになる。

6.細菌の各論(塗抹標本上の特徴)
1)ブドウ球菌(図5,6)

ブドウ球菌はほぼ完全な球形のグラム陽性菌である。色と形ともブドウの房や粒に似ている。3粒以上がまとまった房状、2つの連鎖、1個のもの、すべてが見られる。意外と多いのが2つ連鎖で、肺炎球菌、淋菌との鑑別を要する場合がある。ここでは、あくまでブドウ球菌属までの診断であり、菌種たとへば S aureus などの菌種診断はできない。
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2)肺炎球菌(図7,8)

肺炎球菌はグラム陽性双球菌であり、両端がやや尖っていて、 Lancet型と言われる。ブドウ球菌のような完全な球形ではない。また、莢膜があるため菌体周囲に透明なゾーンがみられる。この菌の特徴を見抜くと、その場で肺炎球菌の同定が出来てしまう。従って、培養同定を待たずに菌種までの即日診断が下せる。塗抹が非常に価値を発揮する貴重な菌である。

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3)レンサ球菌

肺炎球菌と異なり、連鎖する個数はばらばらで、1個、2個のものもあるが、長く連なることが多い。ブドウ球菌の時と同様、レンサ球菌属とまでの診断はできるが、菌種名(Streptococcus pyogenesなど)までの同定はできない。

4)緑膿菌(図9,10)

緑膿菌は大小不揃いのグラム陰性小桿菌である。やはりCL装用者に感染頻度の高いセラチア菌と同様である。菌形に際立った特徴がないため、全般に他種のグラム陰性菌と鑑別は困難である。

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5)モラクセラ菌(図11)

本菌は必ず2菌体が縦に連なった対で見られ、おそらくバクテリアの中で一番の大双桿菌であり、非常に分かり易いため、塗沫診断は容易である。是非習得するとよい。

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6)ア-チファクト

細菌の検鏡にあたっては、サイズについてのおおよそのイメージを持っておくことはきわめて重要である。さもないと「見えても見えず」ということが起こりうる。真菌はもっと大きく、アメーバになればもっと大きいわけで、サイズ感覚は重要である。

最も日常的なアーチファクトは、染色液の染色グラニュール(ダイ)の残存によるグラム陽性細菌との混同であろう。これを避けるには、染色時に十分な脱色と洗浄が大切である。しかしこれらはまず、大小不揃いであること、異様なほど多量に存在すること、病巣からの検体(炎症細胞、上皮細胞など)などと無関係に散在していることなどから、慣れてくるとわかるようになる。また菌のなかには、キャプセル(夾膜)を持つものがあり、菌の周囲が薄く透けている透明ゾーンを認知すると、ダイではなく菌と判定できることが多い。

7.真菌(図12,13,14,15)

真菌は細菌に比べて、サイズが大きいこと、形態が炎症細胞や角膜細胞と全く違い特徴的なことから、実際に存在すれば見落としは少ない。単一色調のディフ・クイック染色(ギムザ染色)でも十分検出できるが、グラム染色であれば陽性染色される(暖色背景で寒色染色される)ため検出はより容易である。この点は次項のアメーバも全く同じことが言える。酵母真菌と糸状真菌は間違いにくいが、candidaでは偽菌糸を作るので、糸状真菌と混同しないよう注意したい。

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8.アメーバ(図16,17)

染色面では真菌とほぼ同様である。ただ形態判断は、真菌よりも他種細胞との鑑別が困難で、しばしば断定に迷う。シストの特徴は二重壁でやや多角形(完全円形ではない)であることが参考になる。蛍光顕微鏡があれば、同一標本をファンギフローラYⓇで重染色して、確認できるとされている。この点は真菌の場合も同様である。

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